2004-01-01から1ヶ月間の記事一覧

歎異抄讃歌その七 第二条 地獄は一定すみかぞかし

[現代語] みなさんが遠い関東の地から京都まで、命がけで私を訪ねてこられたのは、極楽に往生する方法を聞きたい一心からでしょう。けれども念仏を称える以外に往生の特別の方法や秘密のお経を知っているとお思いなら、それは大間違いです。(中略)親鸞は…

歎異抄讃歌その六 第一条〈2〉弥陀の本願にはただ信心を要とす

[原文]弥陀の本願には、老少・善悪の人をえらばれず、ただ信心を要とすと知るべし。そのゆえは、罪悪深重(じんじゅう)・煩悩熾盛(しじょう)の衆生をたすけんがための願にてまします。[現代語]阿弥陀仏の本願は老いも若きも善人も悪人もわけへだてな…

歎異抄讃歌その五 第一条〈1〉弥陀の誓願不思議にたすけられ

[原文]弥陀の誓願不思議にたすけられまひらせて往生をばとぐるなり、と信じて念仏まふさんとおもひたつこころのおこるとき、すなはち摂取不捨(せっしゅふしゃ)の利益にあづけしめたまふなり。[現代語]阿弥陀仏の誓願の不思議なはたらきにお救いいただ…

歎異抄讃歌その四 前序 自見の覚語をもって他力の宗旨を乱るな

[原文]ひそかに愚案をめぐらしてほぼ古今を勘(かんが)ふるに、先師の口伝の真信に異なることを歎き、後学相続の疑惑あることを思ふ(中略)。まったく自見の覚語をもって他力の宗旨を乱ることなかれ。[現代語]わたしなりにつたない思いをめぐらせて、…

歎異抄讃歌その三 親鸞聖人のプロフィール

1173年 京都で誕生 下級貴族の家柄 1181年 09才 出家 比叡山延暦寺にて修行 1201年 29 比叡山から離脱 浄土宗の開祖である法然上人の門下となる 1207年 35 法然上人の念仏布教に対する弾圧に連座 新潟県へ流罪 1211年 39 流罪免除 1214年 42 関東へ移住 茨城…